この道を発見した時はほくそ笑んだ。だって誰にもアウトオブ眼中っぽいし…… なんと言っても町道ですよ? 町道と言ったら酷で険な道なのは自明の理(ヒドイ)な為、 その道の人達からは自然と見向きもされない物件となってしまいがち、 でもこの道は其れを覆す、それなりの良さが!
現道との分岐、いきなりこれである、見よこの勾配を! 嘗ては1車線のきっつい勾配のヘアピンがここにはあったのだろう。 2004年に訪れた際には、旧道を見上げると激しい倒木のため断念した。
天空に向かう旧道、この先でまたヘアピンカーブが待っている。
しかし今日は「R173-NET」(かつて存在した同好の士のサイト)のあきら氏と共に、徒歩での探索を行う、頼もしい仲間だ! 上写真のコンクリ急勾配を登り切りヘアピンで更に高見を目指す。 道はアスファルトに舗装が変わったが、今や自然の力に翻弄される、アスファルトダートだ
この辺は砂利だったかどうかは忘れましたが、 去年の倒木は全て取り除かれているので、やはり何らかの管理の手が入っている道の様。
「桑坂」浅い切り通し。
現道トンネル「桑坂トンネル」(竣工:1985年12月 全長:185m)
坑口に掲げられているプレートによれば昭和29年に野間谷村(東側)と大和村(西側)が合併し、
八千代町となったが、その条件がこの町道のトンネル化であった。
因みに現在でも「上三原18号線」という立派な町道だ。
道標。いまいち向きが解らない、「中村」と「よこや」は同じ方角では・・・?
旧道ではなく、もう一つその前の里道に据えられていたものの様だ。
しかし、合併以来取り組んできたものの一向に実現に至らず、
昭和55年度より山村振興事業としてこの町道改良が採択され、
県代行事業としてここに、30年来の宿願が実を結ぶこととなった。
一転しての下りは、杉林に陽の光を遮られ、道路上には多量の杉の葉が堆積し、
じめじめと鬱蒼とした雰囲気がある。こうやってみると結構な勾配であった。
そうして合併した八千代町も、2005年11月1日をもって今度は「多可町」へと生まれ変わった。
谷に向かって一面羊歯植物、ちょっと不気味。
現存するカーブミラー。
大和集落側、現道との合流地点、こちら側もチェーンゲートがある。
2018年ではチェーンゲートが獣避け柵となっていた。
おまけ。向かいの山、台風によるすっげー倒木、生きる気ゼロかあんたら。 2005年の6月に再訪した時には、やっと伐採が始まった様であった(画像にカーソルを)
現道と交差して旧道はその先にも伸びていた。この旧道区間は「上三原17号線」らしい。