丹波市側、旧道はトンネルを出てすぐにキツイ右カーブを経て
山肌に沿う様に谷をクネクネと下っており、線形がよいとは言えなかったが。
その点、現道は山など上らず、長大トンネルでスパーんと抜けている。
旧々道入り口はトンネル出てすぐにある。
一車線の地道が続く、こちらは林業と言うよりも、初代隧道来訪者のものであろう
2本の轍が奥へと続いている。ここで徒歩での来訪者に素晴らしい看板(?)が迎えてくれる。
ククク、クマー!?
暫く行くとまだ真新しい崩落跡が、車での通り抜けはチト難しい。
野面積みの保護工、歴史を感じる。
篠山側と違い、長々と山を上る、一度ヘアピンカーブを経て、
再び長々と現トンネルの上方に達する。
途中にある展望台、展望台て・・・
当時がどれくらいの通行量であったかは解らないが、完全一車線の道で細い。
駐車して展望台から風景をゆっくりと楽しむ、訳にもいかず。
じゃぁ、歩行者のためであったのか?
錆びていて、底が向けそうだったので足は踏み入れず。
谷と道路を分かつコンクリのガード
来ました!丹波市側。こちら側は坑口上からの崩土があり、
下部数メートルが土砂に埋もれている。
そのため上からの沢水が全て隧道内に流れ込み、水溜となっている。
三條實美筆の「鑿山化居」と書かれた扁額。
今も隧道の傍らに佇むお地蔵さん。隧道が出来た当初から・・・
いや、それ以前の峠越えの頃から旅人の安全を見守ってきたのだろう。
(もとの里道からは移設されたのだろうが)
「鐘坂隧道碑」開通当時の様子を窺い知ることが出来る。
溜まった水からも、洞内が僅かに傾斜していることが解るだろ。
おまけ。残された過去の遺物。UCC缶コーヒーとKIRINビール